ご挨拶
1990年、当時、建築ど素人の私は、ログハウスの本を片手に友人たちの手を借りながら見よう見まねで自宅をログハウスで建築しました。
それが、グリーンライフの第一歩です。
住宅にログハウスを選んだ理由を良く聞かれますが、もちろんログハウスへのあこがれもありましたが、素人の私が自力で家を建てるには、木を積み上げるだけで壁が出来てしまうという簡単に思えたログハウスしかなかったことと、太い角材を組み上げた壁は、丈夫で長持ちするだろうという理由がありました。
しかし、その、太い木で造れば丈夫な家が出来るという考えは、この高温多湿の日本では通用しないことを、すぐに自分の自宅と隣に建てたハンドカットのモデルハウスで経験することになります。
そこで、色々と日本でも長持ちするログハウスを造りたいと調べていくうちに、カナダのレッドシーダーという、最高の木に巡り会いました。
以来、レッドシーダーの魅力にとりつかれ、当時のログハウス業界でもごくごく一部のマニアの人しか知らなかったレッドシーダーを一人でも多くの人に知ってもらおうと、ログハウス業界ではいち早く標準仕様とし、数多くのお客様にレッドシーダーの良さを伝えてきました。
そして、2009年にそのレッドシーダーの良さを全国に広めようと、全国の優良工務店さんをお誘いし、レッドシーダーの良さを全国に広めようと全国ネットワークを構築をはじめました。
ログハウス業界しか知らなかった自分にとって、全国の工務店さんとの交流により、一般住宅業界を知れば知るほど、当初より私が考えていた「家は長持ちしなければいけない」(耐久性)ことや、「そこに住む人の健康を害するような建材は極力使用しない」(安全性)を無視した、利益優先の住宅産業になってしまっていることに驚きました。
そこで、2010年1月、本当に良い家づくりを全国に広めたいという強い思いから、その仲間とともに、澤田先生の理想とする本物の家づくり「0宣言の家」を私たちが実践しようと、ベクトルを合わせ、ログハウスから一般住宅まで、これからの住宅の世界基準は私たちがつくっていこうという熱いい志を再確認し、再出発しました。
私たちグループは、一丸となり、「日本の住宅は私たちが変える」「これからの住宅の世界基準は私たちがつくっていく」という高い志をもって、「長持ちする家」「住む人が健康になる家」という、本来、当たり前の姿である日本の気候風土とそこに生活する人に合った住宅を皆様にご提案していくことを約束します。
株式会社グリーンライフ 代表取締役
グリーンライフグループ代表
長谷川真児
プロフィール

長谷川 真児(はせがわ・しんじ)
ブログ この家は一代で終わるには価値がありすぎる
昭和42年2月6日 猪苗代町生まれ
水瓶座 A型
福島県立会津高等学校卒
座右の銘
「なせば成る 為さねば成らぬ何事も 成らぬは人の為さぬなりけり」
昭和61年6月 北米大陸最高峰 マッキンリー山(標高6194 m)の登頂に成功後、日本人で初めて頂上からスキーでの滑走に成功する。平成元年自宅をログハウスで建築したのをきっかけに、ログハウス事業を始める。
マッキンリー体験記
福島民友新聞(人生劇場)より (2006年6月12日掲載)
日本ではまだ、ログハウスが一般的に認知されていなかったころ、その素晴らしさを多くの人に知ってほしいと、生来のチャレンジ精神から、この世界に飛び込んだ。
以来、独創的なデザインと建築技術が評価され、ログハウス業界では一目置かれるメーカーへと飛躍させた。
昭和60年3月、福島県会津高等学校を卒業し、昭和62年6月に北米大陸最高峰Mt.マッキンリー山頂より、日本人で初めてスキー滑降に成功する。
高校を卒業後、父健さんが経営していた造園土木業の「磐梯園芸センター」に入社。仕事のかたわら、スキー学校のインストラクターを務めていたが二十一歳の時、
「自分の可能性に懸けてみたい」と北米大陸の最高峰マッキンリー登頂を決意。
登山経験がほとんどなく家族や周囲からも心配されたが、見事に登頂に成功。
さらに、頂上からスキーで滑降するという日本人初の快挙まで成し遂げた。
ログハウスと出会ったのは、この時。
マッキンリーへの入山許可の手続きをしたログハウスの事務所のあたたかい雰囲気が、未知の世界に向かう緊張とプレッシャーを解きほぐしてくれた。
「いつかは、自分の家もログハウスで造ってみたい」
との思いを胸に帰国した。
転機が訪れたのは、帰国から約二カ月後。
父が仕事中にけがを負って車いすの生活になったことから、退院後の生活を考え、手造りで自宅を建設することを計画。
本を見ながら試行錯誤、友人らの手を借りて角材を積み上げて完成したのは、あこがれのログハウスだった。
その家が観光客らの目に止まり、思いがけない依頼が舞い込んだ。
「うちの別荘を造ってほしい。」
「これからは日本でもログハウスの人気が出る」
と直感。
1990(平成2年)にグリーンライフを設立、ログハウスメーカーとして第一歩を踏み出した。
希望に燃えて始めた事業だったが、当初は苦労の連続だった。
採算が合わず、赤字になることもしばしば。
当時はログハウスの需要が少なく、受注も思うように伸びなかった。
倒産の危機にも何度か直面、ログハウスをやめて一般住宅に軸足を移そうかとも悩んだ。
しかし、周囲の人々の励ましを受けて考え直した。
「一般住宅をやっても、うちより技術力のある会社は山ほどある。ならば、ログハウス業界のトップを目指そう」
90年代半ばからは、ログハウスの本場カナダの各メーカーと業務提携、良質な木材の輸入も始めた。
さらに国内有力メーカーとの提携、木工家具の製作、薪ストーブの販売など着実に事業を広げてきた。
2002年には県内で初めて、防火地域でのログハウス建築が認定されるなど、先進的な取り組みも評価されている。
今年は、郡山市にアウトレット建材などを取り扱う「建材市場リフォームスタジオ郡山」をオープンさせた。
さらに、ログハウス造りのノウハウを生かした一般住宅の建築にも進出。
センスの利いたデザインと自然素材を活用した工法は、ほかのメーカーとは一線を画した独自の路線を歩む。
マイホーム建築を予定している人たちを対象にした住宅ローン勉強会も定期的に開催、自ら講師も務める。
「家を造るというハード面だけではなく、お客さまの人生設計のお手伝いをするというソフト面でもサポートしていければ。」
「父がけがをしてから、多くの人に助けてもらってきた。今度は自分が、いい仕事をしてその恩を返していきたい。」
感謝の気持ちが仕事への原動力だ。
「百年、二百年と世代を超えて愛される家を造りたい。」
若き経営者の心には今も、マッキンリーを目指したころと変わらない情熱が燃えている。


